人気ブログランキング |
<< 「結婚式の贈呈品」 「宴のあと ネットショップに向けて」 >>

「特別な日 6.23」

子供のころ1番嫌いだった日、6月23日
ご存じの方も多いかと思いますが、今日は慰霊の日。沖縄の祝日です。

僕が6月23日が嫌いだった理由は、この日が近づくと学校では必ず戦争映画やアニメの上映会があり、国語の教科書は戦争体験がテーマ(ちいちゃんのかげおくり等)、無理やり戦争のことを考えなきゃダメ!と押し付けられているような感じが嫌だったからです。23日の正午に鳴るサイレンにも反応しないクソがきでした。

僕が慰霊の日を真面目に受け止めるようになったのは、小学校6年生の時の担任の先生から戦争体験談を聞いた時でした。今日はその話をご紹介します。


先生(以降Hさん)は、戦争当時小学生。戦火が迫る前は台風等の災害とさほど変わらないレベルで、友人と一緒に戦争に備えていたそうです。実際、沖縄での地上戦が始まっても、学校もなく、普段より友人とも長い時間遊べると呑気に過ごしていたと話していました。

ただ、その状況が一変する事件が起きます。いつものように友人と一緒に過ごしていたHさんは、亀甲墓に隠れながら、お喋りをしていたそうです。そのうち銃撃戦が始まり、さすがに怖くなったHさんと友人は身を寄せ合い息をひそめていました。

突然、Hさんに激痛が走ります。おそらく銃弾がかすったのでしょう。肩から血が流れていました。やがて銃撃が止み、友人に声をかけると反応がありません。頭に銃弾を受け、すでに息絶えていたのです。Hさんはここで初めて戦争では人が死ぬんだと理解したそうです。

その後昼夜問わず銃撃戦が行われるようになり、Hさんは家族とともに必死で各地を逃げ回ったそうです。食糧を得るため銃撃や爆撃の中を走りまわり、誰のものとも知らぬ畑に忍び込んで、泥だらけの芋や泥水を口にして飢えをしのぎました。毎日、いつ死ぬのか?今死んだほうが楽なのではないか?と自問自答を繰り返していたのです。
そして6月23日、終戦の日を迎えました。たくさんの友人を失ったHさんは、なぜ自分たちが戦争に巻き込まれたのかが分からず、怒りが込み上げてきたそうです。

以上がHさんの体験談です。彼女の尊敬できるところは、この話をどこの学校に行っても必ず生徒たちに伝えているところです。彼女から、「今となりに座っている君たちの友達が、目の前で死ぬのを想像してごらん。それが戦争だよ」という言葉は戦争体験者の実感がこもった重い言葉でした。
そして、ごく最近からですが戦争体験談を伝える活動が大学生の中でも広まっています。

その一端を担うというと大げさですが、皆さんがちょっとでも6月23日を意識してもらえるようになればと考えて、今日はブログを書きました。僕も正午には黙とうで慰霊を行います。もし今日のことを忘れていた方や、意識したことがなかった方がいれば是非考えてみてください。
by anshare-project | 2009-06-23 10:55 | 日記
<< 「結婚式の贈呈品」 「宴のあと ネットショップに向けて」 >>