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2009年 05月 15日 ( 1 )

「平和祈念公園 絶景と歴史②」

お疲れ様です!
anshareのけいです。

今日は先日に引き続き、沖縄県糸満市にある平和祈念公園をご紹介します。

園内にある平和の礎をご存じの方は数多くいらっしゃると思いますが
バスも通っている高台に、各都道府県出身者への慰霊の塔があるのはご存じでしょうか?

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(こちらは福島の塔慰霊の塔は東北から九州まであります。

平和の礎には県出身の戦没者の名前が刻まれていますが、沖縄戦で犠牲になった
のは県外の方もいます。その方々を弔うために建設された塔がいくつもあるのです。


そして・・・

登山というにはおおげさですが、
慰霊の塔を過ぎてさらに登ると・・・

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ハブに注意の看板が目立ち始め、


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このような通りにでます。

ここからほんの少しだけ歩くと頂上に辿りつきます。

すると・・・

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この景色を見ることができます。

ここは、
戦時中に追い込まれた市民達が身投げを行った場所です。

かといって、ここをいわくつきの場所として恐れるのではなく
歴史を把握して頂きたいと思います。

この景気を眺めた後、下山している途中に売店に立ち寄りました。


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分かりにくいと思いますが、おばあちゃんが働いています。
残念ながら恥ずかしいという理由で、写真と名前はNG。
(年齢は80から数えてないそうです・・・)

彼女は戦争体験者です。

ずうずうしくお願いしてお話を聞かせてもらいました。

戦火が沖縄に迫っている時、彼女は疎開のため熊本に向かったそうです。
戦火を逃れたものの、疎開先の熊本は10月。沖縄とは比べ物にならない寒さ。

着る物も満足にない環境で、毎日寒さに震えながら床に就く日々。
しかし、1番苦しかったのは沖縄に帰った後でした。

熊本に満足とはいえないものの食べるものがあったそうですが、
沖縄には全くない状態。
果物を食べている人を見かけたら飛んで行き、皮をもらって空腹を
満たしたそうです。

みかんの皮はごちそう。着るものも寝る場所もない。
彼女は自分を乞食だと自覚。
お金にその価値はなく、食べ物の物々交換はあってもお金との交換は
してくれなかったと話してくれました。



どうしてまだ働いているんですか?と尋ねると、

「働くのが好きだからよ!」と即答。

沖縄のおばあちゃん・・・・・強いぜ!
貴重なお話ありがとうございます。



そして祈念公園を帰る前に興味深い光景を目にしました。

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分るでしょうか?彼らは外国人です。
おそらくアメリカ人の学生です。

何を行っているのかというと、真中の先生を皆で囲み歴史の授業をしているのです。
内容は・・・
この美しい場所で、どれほどの沖縄県民が犠牲になったか。

教師はしきりに、どれほどの人数が犠牲になったのか
どうやって自害したのか、どのような生活を送っていたのかを話していました。

僕にはかるい衝撃でした。
知っている限りでは、アメリカ人が日本との戦争の話を行う場合
パールハーバーのように、被害者的な立場からしか
話をしないからです。


加害者的な立場から話(授業)をしているアメリカ人を初めて見ました。
(犠牲になった人達で何組のアメフトチームができるのかと、笑えない冗談も言ってましたが)

今回は時間がなかったのですが、機会があれば是非直接彼らの話が
聞きたいです。

自然を満喫できる平和祈念公園ですがたくさんの人の犠牲になりたっていることを
皆さんに知って頂きたいと思います。

機会があれば是非立ち寄ってください。
by anshare-project | 2009-05-15 12:55 | 日記